トライボロジー

ピンオンディスクまとめ
Friction and Wear properties

ピンオンディスク型摩擦摩耗試験機を用い、摩擦力と摩耗量を測定した。比摩耗量は質量減少法により算出し、各材質の組み合わせの総合比摩耗量の比較を行った。ここでいう総合比摩耗量はピンの比摩耗量とディスクの比摩耗量を足したものである。

以下、シリコロイA2はSL-A2、シリコロイXVIはSL-XVIと称す。

1. ピンオンディスク型摩擦摩耗試験機

ピンオンディスク型摩擦摩耗試験機
Photo.1ピンオンディスク型摩擦摩耗試験機
摩擦摩耗試験方法
Photo.2摩擦摩耗試験方法

2. ピンオンディスク摩擦摩耗試験の条件

table.1
試験条件
潤滑 ドライ(潤滑なし)
試験温度 室温
荷重 4.9N(500g) , 9.8N(1k g)
摩擦速度(回転数) 12.6m/min (400rpm) , 3.15m/min (100rpm)
摩擦時間 600sec

3. 試験片の硬度

table.2
No 記号 鋼種・表面改質 硬度(HV)
表面 中心部
01 SUS304 SUS304 195
02 SUS440C SUS440C 685
03 SUS420J2 SUS420J2 574
04 SUS630 SUS630 449
05 SL-A2 シリコロイA2 568
06 SL-XVI シリコロイXVI 686
07 SL-A2(C) シリコロイA2+特殊浸炭 1055 584
08 SL-XVI(C) シリコロイXVI+特殊浸炭 988 648
09 SL-A2(N) シリコロイA2+低温ガス窒化 1212 589
10 SL-XVI(N) シリコロイXVI+低温ガス窒化 1293 689

4. 摩擦摩耗試験の組み合わせと試験結果

*総合比摩耗量:ピンの比摩耗量とディスクの比摩耗量の合計

table.3
No 分類 試験条件 荷重:500g 回転数:400rpm 潤滑:ドライ 試験温度:常温 摩擦時間:600sec
ピン ディスク 摩擦係数 総合比摩耗量
材質 熱処理・表面改質 材質 熱処理・表面改質 Ave. Max. ×10-14, m2/N
01 SUS
304
SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
SUS
304
1050℃
/WQ
  0.654 3.000 0.804 0.0000000
02 SUS
420J2
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
SUS
304
1050℃
/WQ
  0.485 1.128 0.605 2.1074627
03 SL-A2 1050℃
/WQ
480℃
/AC
SUS
304
1050℃
/WQ
  0.535 1.176 0.543 26.7380999
04 SL-XVI 1050℃
/WQ
450℃
/AC
SUS
304
1050℃
/WQ
  0.501 1.272 0.554 39.3476211
05 SUS
630
1050℃
/WQ
480℃
/AC
SUS
304
1050℃
/WQ
  0.637 1.490 0.524 61.8146279
06 SUS
304
1050℃
/WQ
  SUS
304
1050℃
/WQ
  0.667 1.971 0.596 71.9871920
07 SUS
440C
SL-XVI 1050℃
/WQ
450℃
/AC
SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
0.520 0.723 0.371 0.0000000
08 SL-XVI
(N)
1050℃
/WQ
低温
ガス
窒化
SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
0.613 0.783 0.309 4.2452109
09 SL-A2 1050℃
/WQ
480℃
/AC
SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
0.623 0.903 0.409 6.3636570
10 SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
0.629 0.778 0.216 14.8485331
11 SUS
304
1050℃
/WQ
  SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
0.435 0.662 0.300 20.5677692
12 SUS
630
1050℃
/WQ
480℃
/AC
SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
0.675 0.889 0.359 29.6970662
13 同種
金属
SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
SUS
440C
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
0.629 0.778 0.216 14.8485331
14 SUS
304
1050℃
/WQ
  SUS
304
1050℃
/WQ
  0.667 1.971 0.596 71.9871920
15 SUS
420J2
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
SUS
420J2
1030℃
/ガス冷
180℃
/AC
0.797 1.230 0.320 73.7611955
16 SL-XVI 1050℃
/WQ
450℃
/AC
SL-XVI 1050℃
/WQ
450℃
/AC
0.773 1.040 0.275 125.315519
17 SL-A2 1050℃
/WQ
480℃
/AC
SL-A2 1050℃
/WQ
480℃
/AC
0.778 1.050 0.286 183.8650311
18 SUS
630
1050℃
/WQ
480℃
/AC
SUS
630
1050℃
/WQ
480℃
/AC
0.866 1.660 0.377 293.1437202
19 表面
改質
SL-A2
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
SL-A2
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
0.650 0.884 0.510 0.0000000
20 SL-XVI
(N)
1050℃
/WQ
低温
ガス
窒化
SL-A2
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
0.787 0.949 0.420 0.0000000
21 SL-XVI
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
SL-A2
(N)
1050℃
/WQ
低温
ガス
窒化
0.776 0.938 0.277 0.0000000
22 SL-XVI
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
SL-XVI
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
0.631 0.839 0.342 2.1239918
23 SL-A2
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
SL-XVI
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
0.702 0.912 0.414 4.2479837
24 SL-A2
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
SUS
304
1050℃
/WQ
  0.439 1.116 0.582 6.2515193
25 SL-A2
(N)
1050℃
/WQ
低温
ガス
窒化
SL-XVI
(N)
1050℃
/WQ
低温
ガス
窒化
0.623 0.846 0.343 6.3719755
26 SL-A2
(N)
1050℃
/WQ
低温
ガス
窒化
SUS
304
1050℃
/WQ
  0.738 1.091 0.280 37.0219845
27 SL-XVI
(C)
1050℃
/WQ
特殊
浸炭
処理
SL-XVI 1050℃
/WQ
  0.788 1.302 0.288 67.9677391
28 ステ
ライト
ステライト
No6
    ステ
ライト
No6
    0.682 0.875 0.296 5.8518143
29 ステライト
No6
    SUS
304
1050℃
/WQ
  0.681 1.268 0.489 45.2490921
table.4
No 分類 試験条件の比較 試験条件 潤滑:ドライ 試験温度:常温 摩擦時間:600sec
ピンおよびディスク 試験条件 摩擦係数 総合比摩耗量
材質 熱処理・表面改質 荷重 回転数 摩擦速度 Ave. Max. ×10-14, m2/N
30 同種
金属
SUS
304
1050℃/WQ   4.9N
(500g)
400
rpm
12.6m
/min
0.667 1.971 0.596 71.9871920
31 SUS
304
1050℃/WQ   9.8N
(1kg)
400
rpm
12.6m
/min
0.671 1.309 0.262 64.7884728
32 SUS
304
1050℃/WQ   4.9N
(500g)
100
rpm
3.15m
/min
0.141 0.230 0.064 24.6813230
33 SL-A2 1050℃/WQ 480℃
/AC
4.9N
(500g)
400
rpm
12.6m
/min
0.778 1.050 0.286 183.8650311
34 SL-A2 1050℃/WQ 480℃
/AC
4.9N
(500g)
100
rpm
3.15m
/min
0.564 1.121 0.458 179.5891001
35 SL-
XVI
1050℃/WQ 450℃
/AC
4.9N
(500g)
400
rpm
12.6m
/min
0.773 1.040 0.275 125.3155190
36 SL-
XVI
1050℃/WQ 450℃
/AC
9.8N
(1kg)
400
rpm
12.6m
/min
0.630 0.831 0.202 126.3775149

5. 比摩耗量

比摩耗量,ディスクをSUS304とした場合
Fig.1比摩耗量,ディスクをSUS304とした場合
比摩耗量,ディスクをSUS440Cとした場合
Fig.2比摩耗量,ディスクをSUS440Cとした場合
比摩耗量,ディスクをピンと同種金属とした場合
Fig.3比摩耗量,ディスクをピンと同種金属とした場合
比摩耗量,表面改質の効果
Fig.4比摩耗量,表面改質の効果
比摩耗量,ステライトの比較
Fig.5比摩耗量,ステライトの比較
比摩耗量,試験条件の比較
Fig.6比摩耗量,試験条件の比較

6. まとめ(簡易版・詳細版)

  1. ディスクをSUS304とした場合

    Fig3はステンレスの中で一般的によく使用されるオーステナイト系ステンレスのSUS304をディスクとした場合の、各材質の総合比摩耗量の比較です。

    シリコロイA2、シリコロイXVIの総合比摩耗量は析出硬化系ステンレスのSUS630よりは良好であるが、マルテンサイト系ステンレスのSUS420J2、SUS440Cが最も少ない結果となった。

    しかしSUS440Cは試験時間が355秒で摩擦係数がリミットの3.0を越えため、試験を中断した。

    SUS304をディスクとした場合の傾向は各材質ともにディスク側の比摩耗量が多い。

    またディスクの摩耗痕は部分的に加工硬化(HV420~600)しており、いびつな形状や凝着摩耗の状態を呈する。

  2. ディスクをSUS440Cとした場合

    Fig4はステンレスの中で最も硬度が高いマルテンサイト系ステンレスのSUS440Cをディスクとした場合の各材質の総合比摩耗量の比較です。

    シリコロイXVIはほとんど摩耗が発生せず、次いでシリコロイA2の総合比摩耗量が少ない。

  3. ディスクをピンと同種金属とした場合

    Fig5はピンとディスクの材質を同種金属とした場合の各材質の総合比摩耗量の比較です。

    異種金属と比較すると各材質の総合比摩 耗量は全体的に大きい傾向で、特に析出硬化系の総合比摩耗量が大きい。

    しかし摩擦係数は大きいものの、シリコロイA2、シリ コロイXVIの摩擦係数のバラツキ(3σ)は0.28~0.29とSUS440Cの同種金属の0.22に次ぎ、低いことが特徴的です。 SUS304は0.596、SUS630は0.377とバラツキ(3σ)が大きい(詳細版を参照) 。

  4. 表面改質の効果

    Fig6およびFig7は析出硬化系シリコロイに表面改質を応用した場合の各材質の総合比摩耗量の比較です。

    ピンがシリコロイA2(C)、ディスクが シリコロイA2(C)の場合はほとんど摩耗が見られず、またピンがシリコロイXVI(C)、ディスクがシリコロイXVI(C)の場合も総合比摩耗量が非常に少ない結果となった。

    析出硬化系シリコロイの同種金属の組み合わせの総合比摩耗量が特殊浸炭処理の相乗効果で急激に減少している。

    また低温窒化処理も有効であること、相手材の組み合わせの依存性が高いことが分かる。

  5. ステライトの比較

    Fig7はステライトNo6同士およびSUS304との組わせの場合の総合比摩耗量の比較です。

    ステライトNo6同士の場合は比較的摩耗量が少ないが、SUS304との組み合わせでは摩耗量が増加している。

  6. 試験条件の比較
    Fig8はピンとディスクの材質が同種金属で、試験条件を比較した場合の総合比摩耗量の比較です。 回転数および荷重は、本試条件においては総合比摩耗量に大きな差異は認められなかった。
  7. 総合比摩耗量と摩擦係数の関係
    • SUS304およびSUS630は初期摩擦係数が高く、析出硬化系の比較ではケイ素を含有するシリコロイの方が初期の摩擦係数およびバラツキが低くなっている。
    • シリコロイA2の場合、ピンおよびディスクに特殊浸炭処理をすることで総合比摩耗量と摩擦係数が低くなっている。
    • シリコロイXVIの場合、特殊浸炭処理よりもSUS440Cの組み合わせの方が総合比摩耗量と摩擦係数が低くなっている。

7. 考察

本試験結果より以下のことが判明しました。

  1. 摩擦係数と総合比摩耗量の相関はほとんど見られない
  2. ステンレスの摩擦摩耗特性としては相手材との組み合わせ依存性が高い
  3. 材質の組み合わせが同じであっても回転側、固定側が異なると結果が大幅に異なる
  4. 表面改質の有効性
  5. シリコロイA2はピンおよびディスクに特殊浸炭処理を実施することで総合比摩耗量が低くなる。
  6. シリコロイXVIはSUS440Cの組み合わせで総合比摩耗量と摩擦係数が低くなる。

今回実施したドライ(無潤滑)の試験では、摩耗粉がディスク上に残るため、自己摩耗粉が摩擦摩耗特性に影響しているものと思われます。SUS304は凝着や加工硬化の影響があり、シリコロイは硬質な金属間化合物が自己摩耗を促進する場合があることが分かります。

機械設計に於いては、できるだけピンおよびディスクの両方が摩耗しにくい組み合わせが望ましいですが、どちらか一方を摩耗させることも検討する必要があり、材質の組み合わせがより重要になってきます。

また腐食環境下での使用の場合は自己摩耗粉が少なくなることが予想されますので、本試験結果とは異なることも推察されます。

現在、シリコロイは特に腐食環境下でのトライボロジー特性の期待度が高いため、今後は腐食環境下での摩擦摩耗特性の調査が重要だと思われます。

本資料がエンジニアの方々の設計の一助になれば幸いです。